読書とテレビ

日常生活やビジネスの場において、情報を得る手段としてはどんなものが考えられるでしょうか?
「媒体」としては書籍、新聞、ラジオ、テレビ、インターネット等が思い浮かびますし、「情報の形式」ということであれば、文字情報、音声、画像、映像(動画)に分類されるでしょう。
テレビやインターネットが登場してから「活字離れ」ということが言われてきましたが、そうは言っても本屋さんに行けば毎月のように新刊が店頭に積まれてますし、ここ数年間に発行された新刊書籍の点数は7万以上で推移しています。
テレビやインターネットという表現力が抜群な代替手段があるにも関わらす、何故我々は読書することを放棄しないのでしょうか?
言うまでもなく、テレビ(映像)を観ればそこで何が起きているかを瞬時に情報として獲得することができます。同じ情報を読書によって得ようとすれば、そこに掲載されている文字情報から情景をイメージするしかありません。
この「文字情報から情景をイメージする」という作業において、我々は自分の体験に基づいて文字→映像への変換を行います。この変換作業を行う力が優れているということは、情報を獲得することにおいて人よりも優位に立てることを意味します。(テレビは誰が観ても理解できるが文字情報を解読するにはそれ相応のスキルが必要)
インターネット上にも書籍に劣らず大量の「文字情報」が存在しますが、「系統立った知識」という面ではまだまだ書籍の方に一日の長があります。
もうひとつ読書のメリットとしては、こうした文字→映像の変換作業を繰り返すことにより、その逆の作業(映像から文字に変換する)を行う力が鍛えられる、ということが考えられます。
ビジネスの世界において、相手に情報を伝える際に(文書/口頭によらず)文字情報は依然として有力な伝達手段です。場合によっては画像やグラフ等を利用することもありますが、本当に相手に伝えたいことは最終的に文字情報によって表現するはずです。
こうした「文字情報に落としこむ力」が優れている方が、ビジネスにおいて有利に働くのは言うまでもありません。そういう意味でも、普段から読書によって表現力を養っておく必要があります。
と、色々書きましたが、実はほとんどが『ご機嫌な職場』(酒井穣)という書籍に掲載されていたコラムの受け入りです。(∀`*ゞ)
本来この書籍は「職場コミュニティの再構築」をテーマとしたものですが、著者の酒井穣さんはコラムの中で読書の有用性をしきりに説いています。その内容に非常に感銘を受けたため、こうして紹介させていただいた次第です。
周りを見渡せば色々なメディアが氾濫し、情報を得るには事欠かない世の中になりましたが、普段から読書によって知的基礎体力を鍛えておくことが必要なのではないでしょうか。不足分はテレビや画像で補えば良いのです。(`・ω・´)
(終)
**参考書籍**