PMI日本支部主催 Chubu 発 第2回セミナー「ものづくりとマネジメント」

去る2011年11月3日、PMI日本支部中部地域サービスの主催としては2回目となるセミナーが開催されました。(詳細はこちら
筆者自身にとっては、同コミュニティのメンバーとなって(つまり開催側の立場として)初めての外部向けイベントとなります。

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今回のセミナーは、タイトルが示すとおり製造業におけるマネジメントが主要なテーマとなっています。
講演Ⅰ 『トヨタ生産方式(TPS)の基本とアジャイルソフト開発』
講師:黒岩 惠(くろいわ さとし)
トヨタ生産方式やアジャイルの世界で高名な黒岩先生を招いての講演です。
まずはご自身の経歴をご紹介いただいた後に、本題である「ものづくりのTPSに学ぶソフトウェアのアジャイル開発とプロジェクトマネジメント」に関する講演に入ります。時間が2時間しかないので、かなりの駆け足で話が進みます。ε≡≡ヘ( ´Д`)ノ
■ソフトウェア開発現場の現状
現在の日本のソフトウェア開発現場をとりまく問題として、

  • 技術者が働くことに対して喜びを感じていない。
  • 価値を生み出さない人間が高い報酬を得ている。

といったことがあげられる、と氏は強調します。(まさにおっしゃる通り・・・)
原因は日本のIT業界の産業構造にあります。すなわち、「多重下請け構造*1」「人月契約」といった悪しき慣習により、

  • 技術者多くが一部の作業しかさせてもらえない
  • 生産性の低い者が得をする
  • スキルアップのモチベーションにつながらない
  • 中間業者のマージンによりコスト高

といった弊害を生み出していると言えます。
では、どうしたらIT開発の現場が明るく楽しいものになるのでしょうか?

*1
多重下請け構造の多くは、「上流」と呼ばれる仕様を検討する作業やマネジメントを一次請けの大手SIerが担当し、実際にものを作る「下流」と呼ばれる工程を下請けのベンダーが請け負うという、分業構造になっています。一次請けSIerから実際に開発作業を行うベンダーの間に、5重や6重(プロジェクトによってはそれ以上!)に中間業者が存在するという形態がざらにあります。
このような構造の場合、末端の開発ベンダーはプロジェクトの一部の作業(ほとんどの場合プログラミング)しか携わることができず、そもそもそのシステムを開発することで顧客(エンドユーザ)がどんな利益を得るのかを知る機会がありません。(PMBOKでいうところの「プロジェクト憲章」が末端のベンダーまで公開されることは滅多にない)
さらに、開発を担当したエンジニアは、顧客が完成したシステムを実際に使う場面を見ることもありません。そのフィードバックを受けることもできません。
このように、中間に存在する業者は事実上何もしていないのに、多重構造の最下層でソフトウェアを開発することで価値を生み出しているエンジニアだけが泣きを見るような産業構造が常態化しているのです。(大抵は多重構造の下に行くほど単価が安くそこで働く人の給料も低い。・゚・(つД`)・゚・ )


こうした現状を打破するためには、実際に開発を行うエンジニアが直接顧客に価値を提供できるようなビジネス環境を構築し、価値を生み出せる人のみが報酬を得られる産業構造を実現しなければなりません。
そのためのキーワードが「TPS」であり「アジャイル」なのです。
■TPSからアジャイルへ
TPSとは、もともとトヨタ自働車が80年代に米国に進出した際に現地に持ち込んだことで注目され出した生産方式です。その後、TPSを発展させて「リーン方式」(筋肉質な/贅肉の無い)の名で製造業にとどまらずあらゆる業種で適用されています。
この方法論をソフトウェア開発に取り入れたのがXP、Scrum などのアジャイル開発手法です。
つまり、アジャイルの生みの親は日本の製造業!ということが言えます。
黒岩先生のお話の中で、『アジャイル開発は単なるツール/テクニックではない。業界構造そのものを変える考え方である。』とのお言葉がありました。つまり、ソフトウェア業界にとってそれ程のインパクトがある概念ということなのです。
まず、TPSの本質とは何か?を考えてみましょう。
先生のお言葉によると『人間性を重視すること。人間の持つ能力を100%発揮させること。』です。
TPSの2本柱と呼ばれる
 ・ジャスト・イン・タイム
 ・自働化
も、つまるところは人の能力を最大限に活用するために体系化された方式なのだと理解しました。
また、あるべき姿を目指して改善し続けることも、TPSにおける重要な活動として定着しています。
TPSを導入する上で重要な活動をあげておきます。いずれもTPSの活動として良く耳にする言葉ですね。

  1. 5S *2
  2. 現地現物
  3. 仕事の「見える化」
  4. ムダの定義、ムダの認識力(7つのムダ *3)
  5. なぜ×5
  6. リードタイムの短縮
  7. 平準化
  8. 標準化
  9. 多能工 *4

*2 整理、整頓、清掃、清潔、躾
*3 作り過ぎのムダ、手待ちのムダ、運搬のムダ、加工のムダ、在庫のムダ、動作のムダ、不良をつくるムダ
*4 1人の作業者が複数の工程の作業をこなせるようにトレーニングすること。これにより作業員の負荷の平準化が実現できる。


■アジャイルの心得
さて、このTPSがリーン方式と名を変えて、ソフトウェア開発に適用したのがアジャイルであることは既に述べたとおりです。この講演では、アジャイル開発を導入する上での心得(マインド)が紹介されました。
【ムダな作業、付帯作業、価値作業を認識する】
※ムダな作業:価値を生まない作業
※付帯作業:直接は価値を生まないが「価値作業」のために役立つ作業
※価値作業:直接価値を生み出す作業
ソフトウェア開発においては、多重請負構造によるムダな管理作業を減らす、余分なドキュメントを作成しない、といったことが具体的な取り組みとして考えられます。
【動くソフトウェアを重視】
TPS活動における「現地現物」主義に通じる考え方です。お客様にとって真に価値があるのはドキュメントなどではなく、まさに「動くソフトウェア」なのです。
誤解を招くといけないので補足しておきますが、ドキュメントが全く要らないというわけではありません。ドキュメント作成は「付帯作業」としてソフトウェア開発に不可欠ですが、それ自体がお客様に対して価値を生み出すものではないことを認識する必要がある、ということです。
【真の顧客を意識】
多重請負構造にありがちですが、一次請けSIerを「顧客」と勘違いしているエンジニアが結構います。筆者の周りにも多数存在します。
そうではなくて、完成したソフトウェアを使うことで利益を得る人(組織)が真の「顧客」なのです。
【まずやってみる】
エンジニアの中には、過去の成功体験に囚われて新しいことにチャレンジしながらない人を結構見かけます。
アジャイル開発に限らず閉塞感漂う開発現場を変えたいのであれば、
 ・さまざまな手法を
 ・自分たちの環境にあったやり方で
 ・まずやってみる
ことが重要です。
まずやってみることで、また新たなアイデアや課題が生まれ、継続的な改善につながるのです。
【現場では後工程=お客様】
製造現場では後工程を「お客様」とみなし、お客様から「この部品がこれだけ欲しい」という注文(PULL)を受けて初めてその部品の生産に着手します。このように連続した流れを実現することで、ボトルネックの解消、作り過ぎによるムダの排除が可能となります。
いわゆる「かんばん方式」ですね。
補足として、PULLのみでは注文を受けた工程の作業者が大変なので事前に注文の内容をある程度内示しておくこと(PUSH)も重要とのことでした。
⇒PUSH&PULL方式
黒岩先生のお話で印象的だったのは、このようなTPS/アジャイルの本質を理解しつつ、自動化をはじめとした各種ツールを上手く組み合わせて活用して初めてアジャイル開発手法が効果を発揮する、ということです。
人間系(TPS/アジャイルの本質) × 機械系(ツール/自動化)
■アジャイル導入の効果
アジャイル開発を導入することで次のような効果が期待できます。

  • リードタイムの短縮⇒コスト低減
  • 顧客に価値を提供できる⇒顧客満足度アップ
  • 動くものをこの目で見られる
  • 顧客の役に立つことを実感できる
  • モチベーションがあがる
  • 明るく元気な職場に!

■PMとしてできること
本講演はPMBOK等一般的に考えられているプロジェクト・マネジメント手法に沿った内容ではありません。しかしながら、アジャイルを軸に少しでもIT開発の職場環境を良くしていく流を創り出すことこそがPMの責務であることを実感しました。
もちろん、企業レベルの業務改革や、もっと大きな業界の構造改革が必要な面も多々ありますが。。。(´Д`υ)))
最後に、先生の『報酬を得るのは価値を生み出す人間だけでよい』というお言葉が胸に突き刺さりました。価値を生み出すべく常に努力しないといけませんね。。。
講演Ⅱ 『グローバル展開に必要な「ものづくりマネジメント」』
講師:石井 成美(いしい しげみ)
SIerとして多くの製造業ユーザに対して生産管理等の業務システム導入に携わられた石井先生による講演です。
製造業が今後生き残っていくにはグローバル展開が必要不可欠な時代になりましたが、そのためには何が必要か?ということをマネジメントの視点で語っていただきました。


■製造業のグローバル化
言うまでもなく、中部地域の産業構造は自動車関連を中心に製造業が多く占めています。
本講演の導入として、その製造業が成長していくための施策として「グローバル化」を推進している背景があるという説明がありました。
■なぜ製造業のITが上手くいかないか?
他の業種と同様、製造業も過去に積極的にIT投資を行ってきましたが、なかなか期待したほどの成果が出ていないそうです。
その理由として、ソリューションとは名ばかりで

  • SCM、ERP、TOC、CRM、PLMといった3文字略語だけが先行している
  • その企業の経営戦略・ビジョンは置いてけぼり

といった事態が横行しています。
要は、もともとの目的に見合っていないシステムばかりが乱立している、ということですね。「経営戦略あってのIT戦略」という当たり前のことが実践できていないと言わざるを得ません。
また、「システムを導入するだけでなく、導入後の効果を見届けることが重要」とのお言葉がありました。SIer時代にコンサル業務に従事されたという石井先生ならではの視点だと思います。
余談ですが、SCM(Supply Chain Management)と一言でいっても流通業と製造業では全く別物、というお話がありましたが全く同感です。自分もSCMの勉強をしているところですが、この点を意識しないと目的に見合ったインプットが得られません。
■PLMソリューション
こうした製造業における課題に対するひとつの解として、「PLM(Product Lifecycle Management)ソリューション」を氏は提唱しています。
PLMとは、
 企画⇒設計⇒製造⇒出荷⇒メンテナンス⇒製造停止
といった製品のライフサイクル全体を管理する情報システムです。
これによって、生産の効率化だけでなく、顧客ニーズに合致した製品の投入時期や製品を引き上げるタイミングといった意思決定を支援することが可能となります。
PLMは、SCM、CRM、ERPといった個別のソリューションを包含した統合システムという位置付けですが、その中心に来るのが「統合BOM(Bills of Materials)」(BOMは部品表とも呼ぶ)です。
BOMにもいくつかの種類(設計BOM、製造BOM、購買BOM、サービスBOM)があって、統合BOMは文字通りこれらを統合して部品表を一元管理する仕組みです。
統合BOMによって、PLMサイクルのあらゆる場面で課題解決が実現できます。例えば、

  • 調達:調達コスト低減、調達リードタイムの短縮
  • 生産:設計変更にリアルタイムに対応
  • 保守:クレーム対応の迅速化⇒製品へのフィードバック
  • etc

■ものづくりマネジメント
以上がPLMの概要説明ですが、ここから本講演のテーマとなる「マネジメント」に触れていきます。
製造業においてはマネジメントという概念があまり定着していないというデータ(アンケート結果)が示されました。理由としては、言葉の定義があいまい、情報が抽象的過ぎるなど、要は具体的にイメージしづらいといった意見が大きく占めています。
結局のところ、経営トップのビジョンや経営戦略をより具体的なソリューション(PLMなど)として語れる人材が不足しているという点に行き着くと思います。
ということで「人材」のお話。
製品ライフサイクル全体をマネジメントできる人材など、そうそういるものではありません。このように全体最適の視点でマネジメントできる人材をいかに育成するか、ということが今後の製造業を支えるひとつの課題と言えるでしょう。
講演の内容としては、私が事前に想像していた「製造現場で改善活動をマネジメントする」ようなイメージとはかなり違ったものでしたが、経営戦略の視点をもって企業全体をマネジメントすることの重要性に気づかせてもらう有意義なお話でした。
最後に
短く簡潔にまとめようと思ったのですが、結構長文になってしまいました。セミナー系はどうしてもこうなってしまう。。。(´д`)
まあ、それだけ得るもが多かったということでしょう!
(終)