『巨象も踊る(ルイス・ガースナー著)』読了

1993年から9年間米国IBMのCEOに就任したルイス・ガースナーによる著書で、当時経営危機に陥っていた同社を復活させたときの手記です。もう今から9年も前に出版された本ですが、IT業界で仕事をしている者として非常に得るものが多かったため簡単に紹介したいと思います。

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IBMの危機
1993年初頭、当時RJRナビスコのCEOを務めていたガースナーのもとに、IBMからCEO就任の要請が舞い込んできたところから物語が始まります。その当時のIBMは経営が危機的な状況にあり「アメリカの敗北」とまで表現される深刻な状態に陥っていました。
本書では、ガースナーがこの要請を受けてから、IBMの経営を再建し同社を再び業界トップまで押し上げていくまでの過程が描かれています。その過程の中では、さらに「目の前の危機に対する緊急措置」と「未来への成長戦略」という2段階の異なったアプローチが見られるのが特徴的です。
目の前の危機に対する緊急措置
ガースナーがまず手を付けたのが、「経営の安定化」です。何しろ当時のIBMはいつ破綻してもおかしくない経営状況だったのですから当然ですね。
この「経営の安定化」フェーズにおいては、いったんビジョンを封印し、トップダウンで物事を進める大方針を立てました。何よりも早急に危機的状況を脱することを優先したワケです。
ここでは主に以下のような策を講じています。

●当面の資金を確保  ⇒当時の主力製品であるメインフレームの価格引き下げを断行し、   結果的に当面の売り上げを回復させた。 ●内向き志向から外向き志向へ  ⇒社内の縄張り争いを止め、顧客や市場に目を向け最優先する。 ●分社化はしない  ⇒当時、ハードウェア部門やソフトウェア部門を分社化することも   取沙汰されたが、IBMの巨大な資源を生かしてインテグレーター   としての道を選択することを大前提とする。 ●財務状態の健全化  ⇒人員削減や不採算資産の売却。 ●業務プロセスの見直し(リエンジニアリング) ●組織改革  ⇒経営チームを新設  ⇒社員との対話を重視  ⇒地域別組織から産業別組織へ(地域を横断)

個人的には、同社を顧客主導の体質に変えていくことと、分社化をせずにシステム・インテグレーターとしての道を進む決意を下す部分が印象的でした。今日の業界におけるIBMの位置付けを決定付ける判断であり、IBMブランド再建をもたらすことになりました。
未来への成長戦略
ひとまず経営状態を安定させることに成功した後は、業界トップの座に返り咲くため、新生IBMとしての一歩を踏み出さなければなりません。
当時を取り巻く状況としては、マイクロソフトやインテルをはじめとしたPC陣営や、サンやヒューレット・パッカードなどのUNIX陣営による「オープン」なプラットフォームが台頭しつつある時代でした。
そんな中、当時のIBMは
・サービス主導
・ネットワーク主導
という2つの軸に基づく戦略を打ち出します。
前者は、従来の「ハードウェアやソフトウェアを売る」という発想ではなく、「顧客のニーズに基づいて最適な製品の組み合わせを提案する」という意味のサービス事業に軸足を置くことを意味します。つまり、顧客のニーズを満たすためであれば、マイクロソフトやサンといったIBMの競合となる企業の製品を推奨することも辞さないということになります。
後者は、職場や家庭、学校のあらゆるコンピューターが高速ネットワークに繋がることで、単独のコンピューターではなくネットワーク上で様々な価値が提供されるという予測に基づいてます。これは、まさに今日でいうクラウド・コンピューティングそのものを指しますが、この本が出版された当時は「クラウド」という呼び方ではなく、普通に「」と翻訳されていたのが面白いと感じました。
それにしても、インターネット全盛を迎える前の段階でクラウド・コンピューティングの時代が到来することを予測するとは、驚きの一言です。
この2つの軸に基づく戦略を打ち立てるにあたって、IBMはコンピューター環境を次に示すような「スタック」に分解して、事業の取捨選択を行っています。(IT関係の仕事をしている人にはお馴染みです)

   ★スタック★  [  サービス  ]…ITコンサル、SI、研修・教育 etc  [アプリケーション]…SCM、CRM、OAソフト、WEBサイト etc  [ ミドルウェア ]…データベース、システム管理 etc  [   OS   ]…オペレーティング・システム  [ ハードウェア ]…ストレージ、メモリ、ネットワーク etc

例えば、当時IBMは次の領域から撤退しています。
 ・アプリケーション事業
 ・パソコン向けOS事業
「サービス事業」と「ネットワーク社会」に向けて資源を最大限に生かすために、選択と集中を実施したということです。
なお、ガースナー在任当時はパソコン事業からは撤退していませんでしたが、退任後の2004年に中国のレノボに売却しています。
おわりに
本書ではガースナー自身の経営哲学を垣間見ることができ、非常にためになります。また、文中でコンピューター業界の歴史にも触れているので、特にIT業界に関わっている人には(もちろんそうでない人も)是非一読をおススメします!
最後に、ガースナーの経営哲学の一つに「手続きによってではなく、原則によって管理する」という一文がありますが、その原則を紹介して締めくくりたいと思います。

一、市場こそが、すべての行動の背景にある原動力である。 二、当社はその核心部分で、品質を何よりも重視する   テクノロジー企業である。 三、成功度を測る基本的な指標は、顧客満足度と株主価値である。 四、企業家的な組織として運営し、官僚主義を最小限に抑え、   つねに生産性に焦点を合わせる。 五、戦略的なビジョンを見失ってはならない。 六、緊急性の感覚をもって考え行動する。 七、優秀で熱心な人材がチームとして協力し合う場合にすべてが   実現する。 八、当社はすべての社員の必要とするものと、事業を展開する   すべての地域社会に敏感である。

(終)


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